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『自分や人生を変えたい・・・遅すぎるなんてないよね?』ちょっと不安を抱きながらも試行錯誤、チャレンジ、挑戦、もがきたい・・・!日常の出来事や経験、思ったこと、うつ・パニック・不安、愛犬ポメラニアンのことなどを綴っていきます。気持ちの整理も兼ねて書くから文章がまとまっていないこともあるかも?

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だんだん価値観はズレていく。

学生の頃はお互いに気が合うとか楽しいとかそんなんで一緒にいた友達も、社会人になって、結婚して・・・環境が変わる度に色々なものがズレていってしまう。

年が経つにつれて、そんな思いが強くなる。

ちょっとした差が大きな差だと感じる。

楽しかったものも楽しくなくなる。

昔は良かったものもダメになったり、昔はダメだったものを受け入れられるようになったり。

環境が変わると色々なものが変わっていく。

 

少し前まではみんなと違うことが不安でしかたなくて、劣等感を感じていた。

働いていないこと。

子供がいないこと。

そんなパッと見の部分だけを比較して勝手に落ち込んでいた。

でも、今はみんなと違っていていいんだと、違って当たり前なんだと思えている。

そもそも私の周りは既婚独身問わず正社員の人しかいない。

専業主婦は私だけ。

パートはゼロ。

今の時代を反映しているような気もするけど、偏りすぎのような気もする。

数年前の私のように「辞められない!辞めたら生活できない!人生終わる。」とギリギリのところまで追い詰められて強迫観念で働いているようにしか見えない。

そして、「子どもとずっと一緒にいるより働いてる方がいい!」と理由をつけ加えながら。

たぶん、仕事、家庭、家事、育児・・・本人たちの希望とか意思とは全く別にいろんなものがごっちゃになって、いろんな事をしなきゃいけなくて、結果的に相互補完的な理由をつけ加えることで成り立っているんだろうなと端から見ていて思う。

「働け」「結婚しろ」「産め」「育てろ」「家事」「貯金しろ」(後に「介護しろ」が加わると思う)を全てやらなきゃいけないとなるとここまでごちゃごちゃになるのかと、周りの友達を見て感じる。

でも、全てを完璧にはできなくて、どこかで調整しなきゃいけなくなるわけで。

仕事は手を抜けないとなると自動的に家で手を抜かなきゃいけなくなる。

私もそうだった。

ごはんはパパッと済ませるしかないし。

忙しいときは外食&コンビニを数ヵ月。

急に忙しくなることもあるから冷蔵庫で使いきれなかった食材が腐って捨てる。

生活するために働いて、働いて忙しくなって生活に支障来して、出費がかさむだけじゃなく損失まで出すわけだから、今考えると何のためなのかよくわからなくなる。

最近思うのは、女性が家も仕事もそこそこちゃんとやろうと思うとフルタイム勤務は無理だということ。

私は、働く時間は数時間しか1日の中から捻出できない。

夫が妻と同じくらい家事ができたらまだ違うのかもしれないけど、男の人というのはどうもそうじゃない場合が多いようで。

女性の社会進出が進んでも体の構造とか役割は変わらないから、どうしたって全てにおいて男性=女性にはなれないわけで。

 

なんだか話がそれてしまったけど、発端は友達との会話の「夕飯に明太子ごはんはありかなしか」。

独身の友達は「明太子とお新香で十分。」

育休中の友達は「全然あり。」

私は「なし。」

私の「なし。」は専業主婦だからではなく、働いていても、子供がいたとしても夕飯を明太子とごはんで済ませるのは「なし。」という意味。

ちなみに、私も独身の時は夕飯がたこやきでもアイスでも何でもありでした。

環境が変わって立場が変わると昔は意見が一致していた友達でも、全く真逆の意見になるんだなと。

そんなところから書き始めたのに全く違う方向に進んでしまいました。

で、その意見が違うことにちょっと前までは「私だけ違う!どうしよう・・・ダメなの?」と動揺していたんだけど、今は意見なんて違っていいと思っています。

そもそもの前提条件として、私は仕事辞めた人間です。

周りの友達とは異なる環境にいる。

というか環境なんてみんな違う。

考え方も違って当たり前。

同じになる必要もない。

そんな感じです。