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『自分や人生を変えたい・・・遅すぎるなんてないよね?』ちょっと不安を抱きながらも試行錯誤、チャレンジ、挑戦、もがきたい・・・!日常の出来事や経験、思ったこと、うつ・パニック・不安、愛犬ポメラニアンのことなどを綴っていきます。気持ちの整理も兼ねて書くから文章がまとまっていないこともあるかも?

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2017年、人生で初めて会社辞めました。~退職とか家族とか本とかモロモロの話~

2017年末、新卒から約10年勤務した会社を辞めました。

サラッとまとめるつもりがなかなかうまくまとまらず、前回までタラタラと退職を決めるまでを書いてきましたが・・・。

「うまくまとまらず」「タラタラと」っていう辺りで、私自身がまだ「退職」という出来事に感情を揺さぶられている感が出ちゃってますが・・・。

でも、それが私にとっては現実で、「退職する」という行動と「退職したことを受け止める」という感情の動きがうまくリンクしてこなかったってことなんです・・・この1年。2018年。

そして今、まさにリンクさせようと人生という巨大迷路を歩いているとこです!(笑)

が、今回書こうと思っているのは、退職と退職の周りの考え事です。

本当に決めたら退職する

まず「退職する」って本当に決めたらやることはシンプルです。

これをやらないと始まりません。

ん?終わりません?

ポイントは「本当に決めたら」っていうところです。

迷いを抱えたままだったり、「好条件提示して慰留してくれないかな」なんて期待を持ったまま先に進むことは絶対におすすめしません。

会社を辞めるには

①上司に「退職します。」と言う。言い続ける。何を言われても言いぬく。

②社内規定に沿って退職手続きを進める。

③お世話になった方々に退職のあいさつをし、会社を去る。以上。

退職と一緒に考えたこと

①とけた魔法~『良い会社』は思い込み~

私は、私がいた会社を『良い会社』だと思っていました。

『良い会社』の定義は個人によるとも思うんですが・・・

・中小企業だけど福利厚生は手厚い。

(実は、私はうつ病で2回休職させてもらっており、2回目で退職しました。1回目の休職から復職した時「次、休職する事になった場合はすぐに退職しよう。」と決めていたものの、すぐには退職に踏み切れませんでした。)

・中小企業だけど有給はとりやすい。

・産休、育休、時短可。

・中小企業だけど毎年給与上がる。

・中小企業だけど残業代全額支給。

・中小企業だけど毎年ボーナス出る。(金額は業績による)

・中小企業だけど将来的には高給。

・中小企業だからこそ色々な業務に携われる。

会社員として働く環境に大きな不満はありませんでした。

担当していた仕事も好きだったし、スキルアップもしたかったです。

が、しかし。

私の中で「退職」が濃厚になってきて、勤めていた会社に執着がなくなった時にふっと魔法がとけたんですね。

・私と同じような理由で何人も退職者を出し続けている会社は良い会社か?

・退職理由のもとになっている人を放置し続ける会社は良い会社か?

・個人に我慢を強いて、抜本的な問題を解決しようとしない会社は良い会社か?

・一般職がせっせと働いてるそばで、役職者が新聞見たりやスマホでゲームしてる会社が良い会社か?

・仕事ができる人にだけ仕事を与え、できない人には与えない。仕事のバランスを考えないのが当たり前なのは良い会社か?

・未来の会社を担うはずの中堅社員が次々と退職していく会社に未来はあるのか?(特定の年代スッカスカだけど。)

私の中では全てNOです。

その瞬間「良い会社だと思い込んでいただけ」だって気づいたんです。

細かい部分を見ると決して悪い会社じゃないけど、根底が良くない・・・いつまで経っても整わない・・・整える気がない。

働くって、何の問題もなく「ハッピー」っていう会社の方が少ないと思います。

みんな何かしら我慢しながら働いている場合がほとんどだと思います。

好きなことを仕事にできている人も少ないと思うし、好きなことを仕事にできている人でも何かしらの不満や我慢はあると思います。

大人が社会で働いていく以上我慢しなきゃいけないことがあるのも事実です。

でも、会社が、個人のすべきじゃない我慢によりかかっちゃダメだと思うのです。

私の中で『目の前に問題があると誰もが気づいているのに、それを個人の我慢に任せ、根本的に問題を解決しない』というのはアウトでした。

②・・・いじめとかパワハラで訴える?

2018年は有名人のパワハラ告発が多かったと思います。

ハラスメントは耐えるものではなく、きちんと事実確認をして正すものとして認識され始めるきっかけになったんじゃないかと思います。

私も「本気でいつか訴えてやる!」という気持ちはありませんでしたが、「もしもの時のために、今後どれだけ状態がひどくなるか分からない、自分の身に何が起きるのか・・・」と不安に思い、言われたことやされたことなどの出来事、日時、その場にいた人の名前と対応などのメモ程度は残すようにしていました。(今は、本気で証拠を残そうと思ったらボイスレコーダーと併用ですね。)

そのノートと手帳は今も持っているし、先日見返す機会があったんですが「自分、よく頑張ったな・・・。」と思いました。

誰を

まず、訴えようとした場合「誰を?」です。

私の場合は、退職する直接のきっかけを作った彼女を思い浮かべました。

でも、彼女個人を訴えたいと思っても彼女を指導しなかったのは会社です。

そうすると、最終的には個人の責任を問うというより、会社の使用者責任を問うことになるっぽい・・・というのが、色々な相談サイトや弁護士さんのHPを見た私の感想です。

私は、ターゲットを決めていじめや嫌がらせをする人の場合、会社に使用者責任があるといっても、それは個人の環境や背景の問題が大きくて、周りの人や会社にできることには限りがあると思っていたので、会社に使用者責任を問うのは違うと思いました。

あくまで、個人の問題によるものだと思っていたので、使用者責任につなげるのは違うと思いました。

求める結果は何か

次の疑問が発生しました。

求める結果は何か?」です。

謝罪?いりません。

お金?いりません。

社会的制裁?彼女を理由に何人も退職していること、私も実名を挙げて問題提起し退職したことから考えて、社内では社会的制裁を受けていると思います。

また、ターゲットを決めていじめや嫌がらせをする人の場合、本人も何かしらの問題を抱えていて、本人がその問題を解決しない限り同じことを繰り返し続けると思うので、そういった意味では彼女はこれから先も自ら社会的制裁を受け続けるんです。

もはや、彼女がどんな思いをしようが私にはもう関係ありません。

海外の歌手がセクハラか何かで誰かを訴えて1ドル請求した裁判あった気がするけど「私も1円請求してみる?」とか冗談で思ったりもしました。(←ザックリした情報。しかも、1ドル=1円でもないしね。)

確かに、裁判で何かを求めるって精神的苦痛に対する慰謝料とかって形で何かをお金に置き換えて争います。

たぶん、金銭に置き換えるしか形にする方法がないから。

でも、私、彼女のお金など欲しくないのです。

謝罪もいらない、お金という形もいらない、社会的制裁は勝手に受けてくれ・・・という時点で、何も求めるものがない=訴えようがないということに気づきました。

私が訴えなかった究極の理由

あと、これが究極の理由です。

『時間と労力』貴重です。

私は、これ以上彼女のために貴重な時間と労力を使いたくないと思いました。

毎日「ヒマだ、ヒマだ」と言っていても、私には彼女のために使う時間と労力はありません。

そんな時間、私にとっては「無駄な時間」でしかありません。

ボーッとするとか、昼寝するとか、散歩するとか、愛犬と遊ぶとか、カレー作るとか、「ヒマだ」と言い続けるとか、他に自分のために時間を使う方が有意義だと思っています。

確かに辛い思いもたくさんしたし、頭が痛くなるまで、目が腫れて線くらいしか開かなくなるまでたくさん泣いたし、でも、それを晴らすために訴えて自ら彼女に縛られ続けるって私には無意味でした。

もし、私が「絶対に事実を公にして、みんなに全てを知ってほしい!」と思っていたら、訴えるという選択肢もあったと思います。

彼女にも言い分はあると思いますし。

でも、私にとっては白も黒もどっちが良いも悪いもどうでもいい。

それは、会社にいた周りの人が見ていてくれたから、それで十分でした。

そして、過去に起きた出来事よりもこれから先のことについて考えたいと思いました。

30代、私にとって「退職」という決断が意味するもの

これは、今になったから分かるんですが、私にとって「退職」って、人生で初めての大きな決断だったと思っています。

学生とは

小学校、中学校は公立の学校を卒業しました。みんなと同じ道です。

高校、大学は自分で選択したけれど、高校が進学校だったので大学に進学するのが当たり前で、ここもみんなと同じ道です。

大学を卒業したら、大多数が就職して、進学する人も数人・・・自由度が一気に上がるとはいえ、ほぼみんなと同じ道が用意されています。

「学生」という身分であるうちは、枝分かれ式の道が自然に用意されていたんです。

社会人、大人とは

「社会人」「大人」として一歩人生を踏み出してしまうと、そこには誰かが用意してくれた枝分かれの道なんてありません。

枝を自分で拾い集めてくるか、書かないといけないんです。

(私は今枝を求めてさ迷い中です(笑))

「自由」「責任」「選択」「結果」を全部自分で背負う・・・おもっ。

私は、小、中、高と「勉強しなさい」と言われる時期は勉強し、大学は授業とサークルで過ごし、本当に「みんなと一緒」という道しか歩んできませんでした。

そんな私が「みんなと一緒」という道を捨て、友だちの中でただ1人専業主婦になる。

「みんなと一緒の道」しか歩んでこなかった人間が「みんなと違う道」を歩むという決断をすることの大きさ、怖さ、不安。

自分の周りの中で、多数派から少数派になる・・・それを自分で決める、すごく大きな決断でした。(と、後から気づきました。)

そもそも、「みんなと一緒の道」を歩くことが当たり前だった人間に「みんなと違う道」を歩くなんて発想すらありませんでした。

余談・・・生きるうえで勉強は必要か?

私は、人生の選択肢を広げるために勉強は必要だと思っています。

高校受験、大学受験、採用試験、資格試験・・・色々なところで役立ちます。

でも、だからといって勉強だけをしていればいいのかというとそうだとは思っていなくて、家族、友達、自分が属する団体などの人間関係、部活、バイトなど、勉強以外のところで色々な経験をすることで生きる力が身につくんじゃないかと思っています。

小~高校の人生で一番「勉強しなさい」と言われる時代、勉強に偏った時間を過ごしてきて「なんか私生きるの下手だな」と思う私の感想です。

退職して後悔したか?

退職を考える人はみんな1度は考えると思うんですが、私も「退職したら後悔するんじゃないか・・・」と不安になりました。

1度退職したら「すみません、なかったことに・・・」はなりませんから。

それと同時に「もし後悔したら、それはそれ。」とも思いました。

「後悔したとしても、そこからまた何か行動するしかない。」と。

そして、今、結論から言えば、私は退職したことを後悔していません。

でも、「復職するという目標があった方が、うつ病療養にもメリハリがついたのでは」とか「復職するだけの体調に戻っていればそのまま転職活動できたかな?」とか考えたことはあります。

私が2回の休職(1回目は復職、2回目は退職)を比較して思うこともあります。

療養期限というか目標がないと、ゆっくり療養できる反面のんびりしてしまう気がします。

また、仕事ができる、できないという1つの基準を失うので、まだ療養が必要なのか、もう療養は不要なのか、の判断が見えにくくなってしまった気もします。

そして、今、退職して一度社会から離れてしまうと社会復帰にはかなり勇気がいると痛感しています。

でも。

私があげたこれらの考えって、目標が純粋な復職じゃないんです。

「退職を見据えた考え」なんです。

だから、私の場合、いろんな角度から何度考えても最終的には「退職はあのタイミングでしかなかった」というところに辿り着きます。

なので、私は退職したことを後悔していないんです。

余談ですが、病気やケガで働くことができなくなった時、制度として有給消化→休職(無給)の会社が多い中、私がいた会社は有給消化→病欠(有給)→休職(無給)という順番を辿り、病欠(有給)があるのは社員にとってはありがたいことでした。

でも、私は有給を消化し、病欠(有給)中に退職しました。

(※会社の制度を細かく書くと難しくなるので、ずっと休職という表現をしてきました。)

私が希望すれば、病欠(有給)を満了し、休職(無給)に入って健康保険から傷病手当金をもらうという選択肢もありました。

もちろん、本音を言えばもらえるならお金はもらいたかったです。

でも、そうしなかったのは私にとって退職は、お金<自分のタイミングだったからです。

本当に決断ってタイミングだなって思います。

しかも、それには正解も不正解もなくて、決断したらその先は自分で作っていくしかない・・・はい、生きるって大変(笑)

退職について感謝していること

仕事を辞めるって生活がかかっているので、自分1人の問題ではないのもまた事実です。

私が「会社を辞める。」と報告した時、家族や親戚は誰1人として反対することなく受け入れてくれました。だからこそ、本当に感謝しています。

ダンナ

私を気遣って軽く「辞めたかったら辞めればいいし。」とだけ言い、一生共働きを目指しつつも退職することになった私の決断を受け止めてくれ、専業主婦として生活させてくれているダンナに感謝しています。

父と母

「人間関係に疲れて、また体調崩したから会社辞めることにした。」と伝えた時「なんでまたそうなる(笑)」と笑い飛ばしてくれた父に感謝しています。(笑い飛ばすか?)

「人間関係に疲れて、また体調崩したから会社辞めることにした。」と伝えた時「はい。」としか言わなかった母に感謝しています。(言うことそれだけ?)

母の一言~1回目の休職の時のことを思い出しました~

これは、今回ではなく1回目に休職をすることになった時の話です。

当時はまだ独身でした。

母はうつ病が悪化し、仕事なんてできないのに出勤するのがやっとの状態になっていた私に「体は大丈夫?」と何度も聞きました。

本当に何度も何度も何度も。

私はその度に「まだ大丈夫。」と答え続けました。

母は「『まだ大丈夫』って言うけど、『まだ』のうちに休んでおかないと、本当にゼロになってからじゃ、元に戻るのにもそれだけ時間かかるんだよ!」と言いました。

でも、当時はその言葉の意味を理解できずに、私は起き上がれなくなる日が来るまで出勤しようとし続けていました。

その経験があって思うのは、体調が悪い時、疲れている時・・・限界を越えたり、エネルギーがゼロになるまで頑張らないことの大切さ。

自分の体や心の声に耳を傾けることの大切さ。

でも、人間ってなかなか自分の体や心の声は聞こえない。

頑張るより、頑張らないことの方が大切な時もある。

っていうか、それは「頑張りか?」という疑問。

体が資本って言うけど、本当にその通りで、体を壊してしまったらモトもコウもありません。

ほどほどのところで立ち止まるのは負けでも諦めでもダメでも何でもないと思います。

私は、1回目の休職のことを「人生の夏休み」と呼んでいました。

全く楽しくはなかったけどね。

必要な時間だったと思うし、そんな名前を付けておいた方がサラッと話せるから。

退職を考えた頃に読んだ本

人生で初めて会社を辞めようとしていたわけなので、色々なことを考えました。

「後悔しないかな?」「みんなどんな状況で会社辞めるんだろう?」「世間の人はどの程度まで我慢するの?」と世間一般というものを疑問に思っていた時期もありました。

検索魔にもなりました。

もちろん、答えなどありません。

そして、その頃読んでいた本がこの2冊です。

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1.「会社辞めます」と言ってから読んだ『「つらいから、会社やめます」が言えないあなたへ 』

 私は「会社辞めます」と言ってからこの本を読みました(笑)

この本は、心理カウンセラーとして有名な心屋仁之助さんの本です。

どちらかというとまっすぐに退職に突き進むというより、「働いていることが辛いけど、改善できることがあるのでは?」と問いかけてくれる内容です。

そして、最終的には「改善を試みたけどどうにもならなかったら辞めちゃおう!」です。

「会社を辞めようか迷っている・・・。辞めるポイントが見つからない・・・。」という人は1度読んでみると何かヒントが見つかるかもしれません。

「会社辞めます」と言った後にこの本を読んだ私も「そんな考え方もあったか。」と気づかされる部分がありました。

2.パワハラで自殺した同級生を思い出して読んだ『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』

この本は、私自身の退職をきっかけに読んだ・・・というのではなく、タイトルの「死ぬくらいなら会社辞めれば」という文字が目に入った時、パワハラを原因に自殺した中学校の同級生を思い出して手に取りました。

その人とはとても仲が良かったとか、中学校を卒業してもずっと付き合いがあったとか深い関係ではありませんでした。

でも、理科の実験のグループが一緒で、部活も男女で分かれていたけれど一緒で、頭が良くて、分かりやすく実験の解説してくれて、物静かでちょっとオタクっぽくて、でも話すと楽しくて、イジると逆にイジり返されるような、理科が嫌いだった私が理科の授業を楽しみにできるような・・・関わってみると真面目で、明るくて、楽しい人だって分かるような人でした。

私や私の周りの友だちが、彼がパワハラを原因に自殺したと知ったのは、彼が亡くなってから数年経ってからでした。

そんなことも知らずに、私はずっと彼と同窓会で会えるのを楽しみにしてました。

物静かでちょっとオタクっぽい風貌のまま大人になり、どこかで変わらない笑顔で笑っていると思っていました。

まさか、自殺で亡くなっているなんて知らずに。

彼が自殺するまでの経緯を友だちから聞いた時、一番初めに思ったのが「なんで?そんな状況、死ななくても辞めればよかったじゃん・・・」でした。

でも、彼は会社を辞めるのではなく自殺してしまった。

会社を辞めるとか、誰かに相談するとか考えられないくらい追い詰められていたんだろうな・・・彼の感じていた辛さや悲しさや虚しさ、怒り・・・彼がどんな状況におかれていたか、想像しようにも想像しきれないんです。

想像じゃ、全てが軽い気がしてしょうがないんです。

絶対こんな程度じゃなかっただろうな、って。

今でも私の中に残っているのは、中学時代の幼い彼の笑顔です。

彼に対して怒りも感じました。

中学を卒業してから連絡も取っていなかった私が怒るのはお門違いかもしれないけど。

でも、彼なら活躍できる場所がもっともっと他にたくさんあったはず。

いや、絶対にあった。

何年経っても次に会ったら「あんたバカじゃないの。」って言いたい気持ちに変わりはありません。

・・・もう絶対に言えないけど。

本題からずれてしまいましたが、この本は、知らず知らずのうちに限界を超えてしまうことの怖さ、自分が正常な思考ができるうちに判断することの大切さについて書かれています。

そして、そうならないためにはどうしたらいいかや敷居が高いと思われがちな心療内科や精神科の受診についても書かれています。

タイトルはインパクトがありますが「自分ももしかして限界近いのかな?」とか「自分が今どの程度のところにいるのか分からない・・・」とか「自分も頑張りすぎているのかもしれない」と思う方、できれば気軽に手に取って読んでみてほしいです。

おわりに~お礼と2017年からポメラニアンと暮らしています~

ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。

本当は、2017年退職にまつわる出来事を1500文字位×3分割くらいで書くつもりでいました。

でも、書き始めたら色々思い出して、全然止まらなくて・・・伝えたいことや1人でもいいから役に立てればと思っているうちにこんなことになっちゃいました。

1回あたり1500文字位で書き続けたら30回連載位になっちゃいそうだったので、途中からは長々と書くことになってしまいましたが・・・30代女の2017年に起きた出来事にはこんなこともあったのね、的な感じで受け取って頂けると嬉しいです。

あと、退職とほぼ同時にポメラニアンの女の子を飼い始めました。

恐らく、ダンナは、30代のヨメが毎日ザリガニ観察しに行って、仕事中に「ザリガニいたよ!」って写メ送ってきたりするので、表面的にはヨメに話を合わせつつ、内心「コイツ、やべぇ(焦)」と思っていたんだと思います(笑)

そして、ダンナが「犬を飼おう。」と提案してくれて、念願だったポメラニアンとの生活を始めることができました。

これも、2017年の大きな出来事の1つです。

ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。