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『自分や人生を変えたい・・・遅すぎるなんてないよね?』ちょっと不安を抱きながらも試行錯誤、チャレンジ、挑戦、もがきたい・・・!日常の出来事や経験、思ったこと、うつ・パニック・不安、愛犬ポメラニアンのことなどを綴っていきます。気持ちの整理も兼ねて書くから文章がまとまっていないこともあるかも?

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2017年、人生で初めて会社辞めました。~会社を辞めるときめた理由~

2017年末、新卒から約10年勤務した会社を辞めました。

今回は、休職中にどんなことを思っていたのか、退職を決めたポイントについて書きたいと思います。

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心の声を聴く

私は、退職を決めるにあたりすっごくすっごくすっごく悩んだ・・・わけではありません。

「考えた、悩んだ」というよりは「感じた」とういう方が近い気がします。

自分の今までの生き方を振り返る・・・誰の人生を生きているのか?

私は、休職中に自分の心にポツン、ポツン、ポツン・・・と浮かんでくることを感じているうちに「心の奥底の一部」を見たような気がします。

そして「私が生きているのは自分の人生ではない」と感じるようになりました。

気付かないうちに追いかけていた母の生き方

私の母は、就職してから定年まで正社員として働いていました。ずっと共働きでした。

だから、私の中では女性が働くこと、定年まで、働ける限り働くということには何の抵抗もありませんでした。

そして、私が思い描いていた、定年までずっと働くというライフプランは母の人生の影響を受けていることに気づきました。

そのような生き方が、長寿化していく中で、年金受給年齢が引き上げられる中で、年金支給額が引き下げられる・・・現実的にこれから直面するであろう問題を解決するにも理想的だと思っていました。

でも、自分で選択したと思っていた人生が、母の人生に大きく影響を受け、母の人生そのものであるように思えた時、「私は誰の人生を生きているんだろう?」と自分の生き方に大きな疑問を感じました。

自分の人生ではなく、母の人生を辿ることに何の意味があるのか・・・。

周りと同じ選択をすること

私の周りの友だちは全員働いています。産休・育休中の子もいますが、会社に在籍数年で復帰することが決まっています。

私のライフプランもそうでした。

そのようなライフプランを描いていたのは、女性も社会で活躍するのが当たり前になりつつあるという現代の教育、母の影響・・・の他に「みんなと同じ選択をする安心感」がありました。

大卒、就職、産休・育休、復帰、定年まで勤務・・・会社に在籍して働き続けるということに「みんなと同じ」という安心感を感じていました。

でも、私は、そこに自分の意思や考えがなく「ただみんなと同じであることに感じる安心感」に疑問を感じました。

自分の人生ではなく、安心感を追い求めるだけに何の意味があるのか・・・。

この2つの「母の人生を辿っている自分」と「根拠のないみんなと同じ安心感」に気づいたことで、私の意識は退職へと向かっていきます。

退職を決めた現実的な理由

①ターゲットを決めていじめや嫌がらせをする人は変わらない

私は、ターゲットを決めていじめや嫌がらせをする人については、「する側」に大きな理由があると思っています。

人間関係は1人では成り立たないので、もちろん「される側」に全く理由がないとは言うつもりはありません。

でも、多くの人が人間関係をうまくやり過ごしていきます。

次から次へとターゲットを決めていじめや嫌がらせをする人の場合、本人がストレスや不満や嫉妬などを抱えていて、理由など構わずにターゲットをはけ口にするかのようにぶつけている場合がほとんどです。

だから、「される側」からしても周りの人からしても理不尽に見えるんだと思います。

もはや、それって「される側」も周りの人も解決できませんよね?

解決できるのは「する側」である本人だけなのに、本人はそれに気づいていないので、変わることはありません。

そして、同じことが繰り返されていきます。

私は、そんなことに付き合う必要はないと思います。

②会社は変わらない

悲しいことに、会社も周りの人にも大きな変化は期待できません。

会社も大きな問題は好みません。穏便に済ませたいのが本音だと思います。

でも、残念ながら、その「穏便」はいじめや嫌がらせをされる側の味方であることはまずありません。

また、周りの人が表だっていじめや嫌がらせを制止したり、かばうことによって、さらにいじめや嫌がらせがひどくなる可能性もあります。

残念ながら、会社や周りの人には大きな期待はできないと思います。

③自分を大切にする

私は、自分の経験から①、②でターゲットを決めていじめや嫌がらせをする人と会社は変わらないと書きました。

では、「される側」はただ耐えるしかないのでしょうか?

私は、そうは思いませんでした。

私は、「私がいつまでも彼女のターゲットでいる必要はない。彼女の全てのはけ口でいる必要はない。」と思いました。

そして、「復職」を考えた時、私は「復職すればまた自分がターゲットになると分かっている状況で、私自身が、私に復職を許可することはできない。」と思いました。

私は自分を「よし、もう1回頑張ってこい!」と、復職という道へ送り出すことはできませんでした。

いじめや嫌がらせをするターゲットがいないと成り立たない人は、すぐに次のターゲットを見つけます。

私は「私がいなくなったら次はあの人がターゲットだろうな・・・」という予想がついていました。

でも、自分がいなくなった後に誰かがターゲットになったとしても、それはもう自分の問題ではなく、新たな「する側」と「される側」の問題だと思います。

最終的に、自分を守れるのは・・・自分しかいないんです。

④会社での自分の未来が見えない

私がいた会社は(一応、優良)中小企業でした。

正直なところ、若手社員、中堅社員が育ってきているとはいえ、会社としては今が最盛期だと思っています。

今の経営幹部が定年したら、数十年先、今ほどの業績を出せることはないだろう、経営の安定は危ういと思っています。

そして、個人的なことを言えば、会社の業績は置いておいたとして、私自身がその会社で定年までずっと勤務していく想像ができました。

でも、そこに彼女の姿が入ってきたとたん、その想像は一気に消え去りました。

この先、経営が安定していくのかもわからない会社で、約20年彼女と同じ場所に存在し続けるというのはあまりにも現実味がなさすぎるものでした。

⑤その他の理由

いじめや嫌がらせをする本人、会社が変わる可能性はほぼない、その状況に再び自分を放り込むようなことはできない、という時点で退職はほぼ確定していました。

そして、自分の今までの生き方に疑問を感じていた時点で、私が会社に固執する理由はなくなっていました。

そうした時、何を最優先にしたいか・・・それは簡単でした。

「健康を取り戻すこと」です。

そして、家でも「明日もまた・・・嫌だなぁ」と嫌な気持ちで過ごすのではなく、「心から笑っていられること」です。

まとめ

最終的に、私はいじめや嫌がらせをする人、会社とはさよならし、サラリーマンの平均年収と在籍し続けたら高給取りになれたはずだった会社員の地位を捨て、健康と笑いを取り戻し、ただ1人の女性として生きることを選びました。

誰の言葉かは知らないんですが(笑)

有名ですよね、こんなニュアンスの言葉。

「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる。」

 本当にその通りだと思います。

 でも、生きるってそんなにうまくいかないの・・・フフフ(笑)