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『自分や人生を変えたい・・・遅すぎるなんてないよね?』ちょっと不安を抱きながらも試行錯誤、チャレンジ、挑戦、もがきたい・・・!日常の出来事や経験、思ったこと、うつ・パニック・不安、愛犬ポメラニアンのことなどを綴っていきます。気持ちの整理も兼ねて書くから文章がまとまっていないこともあるかも?

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2017年、人生で初めて会社辞めました。~会社を辞めると決めるまで①~

私は2017年末、新卒から約10年勤務した会社を辞めました。

前回は、私が会社をやめようかと考え始めたきっかけについて書きました。

↓前回の記事です。

 

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今回は、会社を辞めると決めるまでについて書きたいと思います。

彼女との間に決定的な出来事が起きた翌日、私は意外にもあっさり「退職」を決めました。

実は、偶然にも、彼女との間に決定的な出来事が起きた日は私の誕生日でした。

そして、私が上司に退職を申し出たのは誕生日の翌日でした。

ライフプランではずっと働いていくと思っていたけど、本当にあっさりと自然と・・・。

衝動的でもなく、本当にただ「糸が切れた」・・・そんな印象です。

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まずはお世話になった先輩に退職の決意を伝える

上司に退職を申し出る前に、一番近くで支えてくれた先輩に「今日、部長に退職希望の旨を伝えます。」と伝えました。

外出、会議、会議、会議・・・この日はなかなか上司がつかまらない日でした。

先輩は、時間を見つけては、顔を見るたびに「ねぇ、辞めるなんて言わないで。本当にダメだから、絶対ダメだから!」と何度も、何度も止めてくれました。

私は「色々と良くして頂いたのにすみません。」としか答えられませんでした。

今思えば、引き止めてくれる先輩がいるって恵まれていたと思います。

 第1回退職申出(慰留される→一応了承・・・)

上司に退職を申し出る

私は、時間を見つけては上司の動向を確認し、夕方、喫煙所でタバコを吸っている上司を見つけ、半ば強引に「今、お話したいことがあります。」と切り出しました。

そして、これまで上司が見ていないところで起きていた出来事、周りの人が陰で支えてくれていたこと、前日に起きた決定的な出来事・・・背景を説明しました。

そして「色々な仕事、責任のある仕事を任せてもらえるようになって楽しかったし、好きでした。給料が仕事量や内容に見合っているかと言えば・・・不満がないかと言ったらまぁ(笑)でも、給料とかそんなものとは関係なく仕事にはやりがいを感じていて、社内にも課題はあったし、社員のためにもっと環境や待遇を改善していきたいと思うことがたくさんありました。でも、私はもう彼女の声も聞きたくないし、顔も見たくない、同じ部屋にもいたくないし、同じ空気も吸いたくない・・・私の中で、何かが切れました。できれば今すぐにでも・・・社内規定内の最短で辞めさせて下さい。」と伝えました。

慰留された理由

この時、すでに約2か月後に同僚の退職、約3年後に定年退職者がいることが決まっていました。

上司には「1人退職が決まっていて、「私も辞めたい」に「うん」とは言えないよね。それに、あと数年で部内の重要な仕事をしている人が定年する。まだ公にはしていないけれど、次にあの仕事を任せられるのはあなたしかいないと思って、調整を進めているところで、4月(2018年)には席替えを伴う業務変更をするからそれまで待ってほしい。彼女がしてきたことについては、私が直接本人と話すから。近々に退職者がいて今業務の引継ぎをしている最中に、さらに業務変更はちょっと難しいから、なんとか4月まで・・・。」

私自身、2018年4月に席替えを伴う業務変更を行う予定は知りませんでしたが、すでに同僚の退職が決まっていたので1回で了承してもらえるとは思ってはいませんでした。

(でも、この時は2017年7月下旬。2018年4月までは8か月もあったんです。)

正直、上司の「直接彼女と話す」という言葉に少し期待したのも事実でした。

ただ、うつ病を抱えている以上、さらに、決定的な出来事が起きてから完全にやる気を喪失していたのも事実で、「体が持てば、という条件付きで・・・。途中でいきなりぶっ倒れる可能性もあります。」という条件付きで慰留を一旦受け入れることにしました。

裏切られた期待

私は、いつ上司と彼女が話をしたのかを知らされることはありませんでした。

でも、何日かして上司と彼女が話をしたことははっきりと分かりました。

なぜなら、彼女の私に対する「存在無視」が隙もなく完璧に完全に徹底されるようになったからです。

話しかけて返事をしてもらえないとかじゃない。

話しかけるとか関係ない。

彼女の中で私はこの空間に存在しないことになっている、より強固になったその空気をはっきりと感じました。

「やっぱり部長が直接話してもダメだったか・・・。」と思うだけでした。

医師の判断「ちょっとお休みしましょうか。」

幸い数日後が通院日でした。

医師に順を追って起きた出来事やその時の自分の体調を説明しました。

この時点で、心身共にしんどいこと、ブチッと切れた糸のようなものの存在感のみ鮮明に残っていること、何も考えたくないし、笑いたくもない、食べたくもないし、相手のことを考えて無理をして何かをする気もありませんでした。

無、皆無、0・・・そんな印象です。

そして、医師から「エネルギーが枯渇している状態です。ちょっとお休みしましょうか。」と提案がありました。

私も自分の状態は自覚していました。

医師の提案を受け入れ、上司に診断書を提出し休職を申し出ました。

この時、再度退職の申出ではなく、休職を申し出たのは、医師から「エネルギーが枯渇して正常な思考ができないような状態で退職を決めたりすると後悔することがあるから、退職の決断はちょっと脇に置いていて一旦休養しましょう。」という提案があったのと、もう退職するとかしないとか、そんな話をする気力もなかったからです。

うまくまとめられなくてすみません・・・

うまくまとめられなくて長くなってしまいました。

この時点で、私が退職を申し出た理由は人間関係の悪さと人間関係の悪さからきたうつ病の悪化でした。

実際には医師から休職の指示があってからも、上司からの依頼で約2週間出勤しました。(その2週間の間にも通院日があり、私が通勤バッグを持って診察室に入ると医師は一瞬怒ったかのような表情になりました。でも、そこは精神科医。すぐにいつもの笑顔に戻りました。)

その2週間何をしたかというと、退職を見据えて作成を開始していた業務マニュアルの完成と急ピッチで休職のための業務の引継ぎを行いました。

そして、実際に休職期間に入って会社から離れると、私の退職に対する考え方が少しずつ変わっていくことになります。